BIOGRAPHY

Natalies

3歳よりクラッシクピアノを学びはじめ、毎年の夏休みはクラシックピアノコンクールに漬け込み、色白で素朴な幼少時代。そんな反動からか、13歳でアイドル活動に参加するようになりポップスに目覚めました。


地下アイドル全盛期の中、学園系と言われるグループで、自称ライバルは「さくら学院」さん。

当初のメンバーや周辺の人達は、○○○48、○○46他、色々なメジャーグループで活躍していたり、「さくら学院」の重音部のメンバー3名は今のBABYMETALだったり、その重音部のパクリで電音部をやってみたりとキラキラな仲間と楽しい時代でした。


その後、音楽の創作活動や本格的なダンスステージを目指し、15歳でアイドルグループを脱退した後、友達とセルフプロデュースユニットをつくり活動を開始しました。この時、学校の先輩に、後に異色アイドルとして成功していくセルフプロデュースユニット「生ハムと焼きうどん」さんがおり、同時期での活動開始だったこともあり、ライバル視していました笑。初めての対バン相手は「大阪☆春夏秋冬(しゅかしゅん)」さん。この頃、メジャーシーンにいく仲間が多くなり成長と可能性を知った時代です。


その後、オーディションをきっかけに東海テレビのリアリティ番組「ザ・ラストヒロイン ~ワルキューレの審判~」に出演し、体育会系的な地獄の特訓を受けた後、16歳でガールズロックバンド「Gacharic Spin」(ビクターエンタテインメント)のパフォーマーとして加入しました。

なお、番組出演がきっかけで加入したと思っている人が多いようでしたが、実はパフォーマーのメンバーとは同じ高校で家も近いことがきっかけ。憧れの先輩達でした。


加入が決まってからは、高校へほとんど行かずに、加入までの1ヶ月程度で約50曲を一心不乱に覚え、加入初日の練習はヘドバンの特訓。頭の角度などプロとして科学的にヘドバンを研究しつつ、メンバーはとても優しく迎え入れてくれ、家族のような存在になりました。海外ツアーも多く、ライブ三昧の日々をおくり、クラッシック色白アイドル少女がロックに目覚め、震える魂を注入された時代でした。


2015年7月に開催された「お台場夢大陸〜ドリームメガナツマツリ〜(フジテレビ主催)」での初ステージ後、国内外において間100本程度のライブに参加。激しいダンスと煽りにより会場を盛り上げ、曲によってキーボードを担当。シングル4枚、アルバム2枚に参加。2017年7月に難聴の兆候により脱退しました。


現在、難聴の兆候は完治し、音楽活動と芸能活動再開に向けて準備中です。